初めて診療所を開設する際は、物件の契約や内装工事、医療機器の準備などに目が向きがちですが、同時に多くの行政手続きを進める必要があります。
保健所への診療所開設届だけでなく、保険医療機関指定申請や公費医療制度の指定申請、エックス線装置に関する届出など、複数の行政機関への手続きが必要になるケースも少なくありません。
また、手続きには提出期限や順序があり、準備が遅れると開院スケジュールに影響することもあります。
本記事では、個人で診療所(クリニック)を開設する際に必要となる主な届出や手続きについて、行政手続きの流れに沿って分かりやすく解説します。
クリニック個人開設の届出とは何か
医師が個人で無床診療所を開設する場合、医療法第8条に基づき、開設後10日以内に、診療所所在地を管轄する保健所へ「診療所開設届」を提出します。開設前の許可を要しない届出制である点が特徴です。
また、管理者についても医療法第10条・第12条に要件が定められています。管理者要件については別のコラムで解説してい
ますので、あわせてご確認ください。
保健所への開設届について
開設届には、所在地、管理者、構造設備、診療科目などを記載し、平面図や医師免許証の写し、履歴書などを添付します。提出後は、保健所による現地確認が行われるのが一般的です。
構造設備については、多くの自治体では図面段階での事前相談を推奨しています。書類や運用は自治体差が大きいため、事前に所管保健所への確認が欠かせません。
届出だけで保険診療は始められない
保健所への開設届の提出だけでは、保険診療を開始することはできません。保険診療には、別途、地方厚生局(都道府県事務所)への保険医療機関指定申請が必要です。
指定日は原則毎月1日付けで、申請締切は前月の一定日に設定されているため、診療所開設日から逆算した準備が不可欠です。
届出で足りる場合と、許可が必要な場合
医療法上、手続が「届出」で足りるか「許可」が必要かは、開設者が誰か、病床を設けるかによって決まります。
- 医療法第8条(届出):臨床研修等修了医師・歯科医師が、自ら無床診療所を開設する場合
- 医療法第7条第1項(許可):臨床研修等修了医師・歯科医師でない者が開設する場合。(医療法人による開設等)
- 医療法第7条第3項(許可):開設した診療所に病床を設ける場合
本記事は、臨床研修等修了医師が自ら無床診療所を開設するケース(医療法第8条)を前提に解説しています。医療法人による開設は許可制となり、設立認可や登記も必要となるため、手続きはより複雑になります。
クリニック個人開設の届出先と提出期限
医師が個人で無床診療所を開設した場合、診療所所在地を管轄する保健所へ「診療所開設届」を提出します。
医療法第8条により、開設後10日以内に届け出ることが義務付けられています。届出先は、法律上は都道府県知事ですが、保健所設置市・特別区では市長・区長が所管し、いずれも窓口は管轄の保健所となります。
なお、実務上は開設届を提出する前に、保健所へ事前相談を行い、図面や構造設備について確認を受けるのが一般的です。
工事完了後、平面図や医師免許証の写しなどの必要書類を添えて開設届を提出し、保健所による実地検査を受けるのが通常の流れです。自治体によって提出書類や運用が異なるため、開設準備の早い段階で所管保健所へ確認しておくことをおすすめします。
クリニック個人開設の届出で必要になる書類
個人で診療所を開設する際は、診療所開設届とあわせて複数の添付書類を提出します。
必要書類は自治体によって異なりますが、多くの自治体で共通する基本書類と、自治体独自に提出を求められる書類とに大別できます。
基本となる書類
一般的には、次のような書類を提出します。
- 診療所開設届
- 管理者の医師免許証の写し
- 臨床研修修了登録証の写し(平成16年4月1日以降に医師免許を取得した方が対象。歯科医師は平成18年4月1日以降)
- 管理者の履歴書
- 診療所の平面図・案内図
- 賃貸物件の場合、賃貸借契約書の写しなど使用権原を示す書類
- 従事医師に関する書類
- エックス線装置を設置する場合は、診療用エックス線装置備付届(別途、原則設置後10日以内)
自治体ごとに追加提出を求められる書類
自治体によっては、上記に加えて次のような書類の提出や確認が必要となる場合があります。
- 医師免許証・臨床研修修了登録証の原本確認(原本証明を付した写し)
- 従事医師、従事者の履歴書や免許証の写し
- 建物の登記事項証明書(全部事項証明書)などの公的証明書類
- 管理者就任承諾書
提出書類や様式は自治体ごとに異なるため、事前に所管保健所へ確認することが重要です。特に、平面図や添付資料の内容には運用差が大きいため、開設準備の早い段階で相談しておくことをおすすめします。
クリニック個人開設後に必要な保険医療機関指定申請
保健所へ診療所開設届を提出しただけでは、健康保険を利用した保険診療を行うことはできません。
保険診療を開始するためには、別途、所在地を管轄する地方厚生局へ保険医療機関指定申請を行い、保険医療機関として指定を受ける必要があります。指定日は原則として毎月1日付けで、申請には締切が設けられているため、診療所開設日から逆算した準備が求められます。
また、保険医療機関指定申請とは別に、各種施設基準の届出が必要となる場合があります。施設基準は診療報酬に関する重要な手続きであり、届出の要否や内容は診療科や診療体制によって異なります。
さらに、生活保護法による医療扶助や自立支援医療、難病医療など、公費負担医療を取り扱う場合には、それぞれの制度ごとに、都道府県や指定都市への指定申請が別途必要となります。
これらは保険医療機関の指定とは別の手続きであり、取り扱う診療内容に応じて要否を確認する必要があります。
保険医療機関指定申請、施設基準、公費負担医療の指定に関する手続きは、開設スケジュールに大きく影響するため、保健所への届出と並行して準備を進めることが重要です。
クリニック個人開設の届出を進める手順
個人開設は、診療所開設届を提出するだけではありません。開設後の保険診療や、将来の医療法人化も見据えて準備を進めることが大切です。
1. 物件と診療体制を固める
まずは診療所の所在地や診療科目、診療日・診療時間、管理者、スタッフ体制などを決定します。
物件については、賃貸借契約の内容や用途制限、医療機関として使用できるかなども確認しておきましょう。
2. 管轄保健所へ事前相談する
内装工事に着手する前に、診療所所在地を管轄する保健所へ事前相談を行います。
図面を事前に確認してもらうことで、工事後の大幅な修正を防ぐことができます。
なお、内装工事にあたっては、保健所への事前相談と並行して、建築基準法上の用途制限や消防法・火災予防条例に基づく届出についても確認が必要です。これらは設計事務所・消防設備業者との連携領域となります。
3. 診療所開設届を提出する
工事完了後、診療所開設届と必要書類を保健所へ提出します。提出後は保健所による実地検査が行われ、基準への適合が確認されます。
4. 保険医療機関指定申請を進める
保険診療を行うためには、地方厚生局へ保険医療機関指定申請を行い、保険医療機関として指定を受ける必要があります。
保険診療開始予定日に合わせて指定を受けられるよう、保健所での手続きと並行して準備を進めます。
将来を見据えた資料整備が円滑な開業の鍵
診療所開設届の手続き自体は比較的シンプルですが、開設時に作成する図面や賃貸借契約などの資料は、将来の医療法人化や承継の際にも重要な資料となります。
特に、賃貸借契約の権利関係や建物所有者の承諾内容は、法人化の際に追加の手続きが必要となることも少なくありません。
こうした資料は、内装業者や医療機器の販売業者などに一括して任せてしまうと、目の前の開設には間に合っても、医療法上の要件や将来の法人化・承継の視点が抜け落ちたまま作成されてしまうことがあります。
その結果、いざ法人化や承継の段階になって、契約の巻き直しや図面の再作成といった余分な手間と費用が生じるケースも見受けられます。開設時から将来を見据え、専門的な視点を持って資料を整備・保管しておくことが、その後の手続きを円滑に進める鍵となります。
クリニック個人開設の届出の注意点
クリニックの個人開設では、届出漏れやスケジュールの誤りにより、開設時期や保険診療開始時期に影響が生じることがあります。特に次のような点に注意が必要です。
保健所への届出と保険医療機関指定申請を混同する
診療所開設届は医療法に基づく保健所への届出であり、保険診療を行うための手続きではありません。
保険診療を開始するためには、別途、地方厚生局への保険医療機関指定申請が必要です。
ここで特に注意したいのが、診療所を開設した日から、そのまま保険診療を始められるわけではないという点です。
保険医療機関の指定日は原則として毎月1日付けであり、開設日から指定日までの間は、保険診療を行えない期間が生じます。
また、指定申請には締切が設けられており、締切を過ぎた場合、指定日は翌月1日ではなく、さらにその翌月へとずれ込みます。締切日は地方厚生局(都道府県事務所)によって異なるため、事前に管轄の窓口へ確認しておくことが重要です。
このため実務上は、地方厚生局の指定日から逆算して、保健所へ届け出る開設日を設定することが基本となります。内装工事の完了時期のみを基準に開設日を決めてしまうと、この逆算が崩れる点に注意が必要です。
提出先も手続きの目的も異なるうえ、指定のタイミングが開設スケジュールを大きく左右するため、両者を混同しないよう注意しましょう。
図面と実際のレイアウトが一致していない
保健所へ提出した平面図と実際の診療所の構造が異なると、実地検査で修正を求められる場合があります。
内装工事の変更が生じた際は、提出図面との整合性を確認することが重要です。
提出期限を物件の引渡日基準で考えてしまう
診療所開設届の提出期限は、物件の引渡日や内装工事の完了日ではなく、診療所を開設した日から10日以内とされています。
一方で、開設日そのものは工事完了時期だけで決めるものではありません。前述のとおり保険医療機関の指定日は開設日と申請時期に連動するため、保険診療の開始予定日から逆算して開設日を設定し、それに合わせて工事完了と実地検査のスケジュールを組むのが本来の順序です。
自治体ごとの運用差を見落とす
診療所開設届の様式や添付書類、事前相談の方法、実地検査の運用などは、自治体によって異なります。
個人開設は、医師にとって初めて経験する手続きであることも多く、知人の開業医から見聞きした話や他院の事例が、そのまま自院の所在地に当てはまるとは限りません。
早めに所管保健所へ確認し、実際の運用に沿って準備を進めることをおすすめします。
将来の法人化を見据えた資料管理を行う
開設時に作成した図面や賃貸借契約書、建物所有者の承諾書などは、将来の医療法人化や移転、承継の際に必要となります。
開設手続きが完了した後も、関係書類は適切に保管しておくことが重要です。
まとめ
クリニックを個人で開設する際は、「どの手続きを、どの順番で進めるか」を理解することが重要です。
診療所開設届は診療所所在地を管轄する保健所へ提出しますが、提出書類や運用には自治体ごとの差があります。また、保健所への届出だけでは保険診療を開始することはできず、地方厚生局への保険医療機関指定申請など、別途必要となる手続きもあります。
開設時の届出は比較的シンプルに見えますが、図面や賃貸借契約などの資料は、将来の医療法人化や移転、承継の際にも重要な資料となります。
開業時から長期的な視点で準備を進めることが、円滑なクリニック運営につながります。
行政書士シルス医療法務事務所がお手伝いできること
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- 開設スケジュールの作成・管理
- 保健所への事前相談のサポート
- 診療所開設届など各種行政手続きの作成・提出支援
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